芸術科教育コースによるブログです。授業内容や学校生活の様子などを更新していきます。

2012年1月20日金曜日

対話型鑑賞について(芸術鑑賞論B一学期)

今日は、芸術鑑賞論Bの一学期の授業の中で中心テーマとなった、対話型鑑賞について詳しく述べていきたいと思います。

 前回も記しましたが、この対話型鑑賞は、ただ単に芸術作品を複数の鑑賞者が対話をしながら鑑賞行為を進めてゆく、というだけではなく、進行役(ファシリテーター)という司会者、まとめ役がいることで、ある程度、鑑賞者のみなさんの意見をまとめたり、積極的な対話を促すための言葉かけなども行います。この芸術鑑賞論の授業では、受講生のみなさんがこの進行役を務めることで、あらためて対話型鑑賞の有効性について考えてもらうことになります。

 先ず、芸術鑑賞論Bを一学期に始めるにあたり、どういう基本文献を用いたのか記しておきます。いわゆる“対話型鑑賞”は、主にニューヨーク近代美術館において勤務していたアメリア・アレナス(Amelia Arenas)という人物による『なぜ、これがアートなの?』(和文題目)という著書を通じ、広く普及しました。日本では上野行一さん監修『まなざしの共有ーアメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』(淡交社)により分かりやすくアレナスの対話型鑑賞が紹介・説明されています。芸術鑑賞論Bにおいても、先ず上野さんのこの著書を基本文献とすることで対話型鑑賞の理解を深めることになりました。
 特に上野行一さんの『まなざしの共有』から、第二章「対話を促す三つの基本』を基に、受講生の方々がデイスカッションをしました。

 この第二章には、人々が芸術作品を鑑賞をする際に必要な態度として、ある特定の芸術の専門家による意味付けを受け入れるのではなく、鑑賞者による自由な鑑賞行為の必要性が求められています。確かに、私達一般の人々(美術の専門外)は、美術館などで美術作品を鑑賞する際、ある特定の美術批評家や美術史家などの専門的な研究者、あるいは制作者による美術作品への価値観や意味付けを一方的に受け入れることが多いのではないでしょうか。
 上野さんの説明によると、アレナスの対話型鑑賞は、そうした特定の見方を押しつける鑑賞行為から脱却し、鑑賞者自らが自分の感覚や思考をはたらかせて作品と対峙することを重視するものとされます。対話型鑑賞の進行役は、鑑賞者のこうした行為を促す役割を務めることになります。
 では、進行役(ファシリテーター)は対話型鑑賞を進める際、具体的にはどのような行為をすればよいのでしょうか。
 上野さんの『まなざしの共有』53頁には、アレナスの対話型鑑賞において、進行役が必要な三つの行為をあげています。

◎受容ー観衆の意見を受容する
◎交流ー観衆相互の対話を組織化する
◎統合ー観衆の意見の向上的変容を促す

 この三点が、対話型鑑賞における進行役の基本的な態度です。
 次回はこの三点について説明したいと思います。(文責・和田学)